しりあがり寿さんはむかし某大手ビール会社のマーケティング部でサラリーマンをしていた。
仕事柄デザイナーにポスターやパッケージデザインを発注するクライアントという立場で考えたことと、現在のようにクリエイターになってクライアントから発注される側に立場が逆転して自分の立ち位置を模索していたときのことが「活字中毒R」で語られている。
クライアントの立場だった時には、「敷居の低いデザイナーに発注するケース」と「敷居の高いデザイナーに発注ケース」に仕事が分かれていたという。
敷居の低いデザイナーとは、コンサバでムリが多少言えて話がしやすい外注さん。
敷居が高いデザイナーとは、個性的でギャラも高い、社運を賭けた案件を頼むセンセイデザイナー。
何となく二つに区別してデザイナーを使い分けていたそうだ。
発注される立場のフリーランスのデザイナーとしてはちょっと微妙な気持ちになるが、クライアントから見たら、案外こんな二極分化は自然とやっていることのような気もする。
現実的な話、業界にはここでいう「敷居の低いデザイナー」が圧倒的に多い。98パーセントはいわゆる敷居の低いデザイナーにあてはまるだろう。全体の仕事の比率がそうなのだから。
ただ仕事を受ける側としては、自分のことをこんな風に高い低いで分類している人はまずいないでしょう。
利害関係のある相手から見て自分をどう見て欲しいかは、案件の性格や契約内容によって自分の価値をどれだけ高く設定できるか、言ってみればこれこそが仕事の目的そのものともいえる。
それに、相手に敷居が高いデザイナーだと判断されたからといって、そのデザイナーがしりあがりさんも言っているように力があって有名でギャラも高く、個性的でアーティスティックな人だとも限らない。
本来的には、案件ごとにその仕事に適したスキルを持った人が見つけられるかどうかで、そして仕事の成果だけを高い低いで判断されたいと思う。その人物のキャラクターではなくて。
発注するクライアント側がどっちに区別しているかは知り様もないが、自分から敷居が高いデザイナーになりたいと思っているひとがいたとしたらちょっとヤバい。
しりあがりさんは、マンガ家に転身するとき、「敷居の低い人」として生き残ろうと考えた。
むかし、ちょうどしりあがり寿さんが有名になり始めかけたときに、仕事をお願いしたことがある。いまでも強く印象に残っているのは、すごく敷居の低い人だなということ。すでに連載も多く持っていたし、名前も知れている状況だったのにもかかわらず、こちらのあまりいいとは言えない条件の仕事をこころよく引き受けてくれたし、世間話も気軽にできる人柄だと感じた。
そのとき、発注する側としては決して「敷居の低いデザイナー」とは考えなかった。むしろ真逆だ。うまく言えないが「プロ」の空気を感じ、懐の広さを知らされた。
そんな考え方を「食っていくための戦略」として「敷居の低いデザイナーになる」なんて言葉でまとめている編者はちょっとどうかと思う。
※出典は「マンガ入門」という本から。